何度目かもわからないほどの衝撃をその身に受けて、青年の身体は吹き飛ばされる。着ている制服はすでにズタズタに裂けており、最強の証たるマスクも所々は欠け、全体的に細かいヒビが入っている。
「どうした、命を賭してこの魔王アナゴの歩みを止めるのだろう?」
なんとか立ち上がろうとするマスクの青年「斉藤」を、冷ややかな目で見下ろす男。一見どこにでも居る会社員姿の彼こそ、この世界を滅ぼさんとする者に生み出された新たな魔王「アナゴ」である。
――境符『二次元と三次元の境界』
トドメを刺そうとする魔王と斉藤の間に空間の裂け目が開き、次元を隔てた場所から衝撃波が放たれる。衝撃波は空間を自在に這い回り立体的な攻撃としてアナゴに襲いかかるが、死角から迫り来る衝撃波さえアナゴには当たらない。
しかし、技を放った少女の姿をした妖怪「八雲 紫」の目的はそもそも「当てる」ことではない。一つはアナゴに回避させることで斉藤との距離を稼ぐこと。
そして、もう一つ。
「肉体言語は歪みねえ王者の技だ!」
紫の衝撃波を回避することに集中していたアナゴへ下着姿の男「ビリー」が掴みかかる。
鍛え抜かれた筋肉質の身体はアナゴの身体を軽々と持ち上げ投げ飛ばす。それは反撃も許さぬほどの見事な早業だったが、アナゴはそれさえも身体を回転させることで何事もなかったように足場に着地する。
「大丈夫ですか!? 今、回復を……」
そうやってなんとか稼いだ距離と時間を使って、黒い衣服に身をまとった男性「Foo」は笛を奏でる。彼の奏でる音色は特殊な力を持ち、斉藤の外傷はみるみるうちに癒されていく。
斉藤、紫、Foo、そして突如助っ人として参戦したビリー。
彼らは今、24人の英雄たちにこの世界の平和を託した。そして、己の命を賭して魔王アナゴに立ち向かったのである。しかし、その覚悟もむなしく、戦いが始まってから数刻が過ぎても先程からこれの繰り返しだった。
目の前の魔王に、彼らの懸命な武器や技の一撃はまったく通用しない。むしろ、じり貧である。
あるいは、誰一人倒れずアナゴに対峙していることこそが奇跡なのだろうか。
それを知ってか、、アナゴは突如戦闘の構えを解いた。
「これでわかっただろう。お前たちの実力ではこの魔王アナゴと対等に戦うこともできぬ。どうだ、考えを改めはしないか?」
もし、アナゴの提案に斉藤達が「イエス」と答えれば、彼は斉藤達を道端の石のように無視して、先を進む彼らの元へ向かうだろう。
だが、斉藤達にそんな「もし」はない。
「断る。この世界を崩壊させるわけにはいかない」
きっぱりと斉藤が拒否する。他の面々も言葉には出さずとも抗戦の構えを崩さない。
「…… 解せぬな」
「何だと?」
「解せぬ。と言ったのだ」
アナゴはFooを指さす。ビリーと斉藤は即座に Fooの前に立ち壁となったが、特に何も攻撃は放たれなかった。
「そこの男が立ちふさがるのは当然だ。Fooと言ったか? お前はこの世界の住人だからな。命を賭しても戦う理由があろう、だが」
指先はFooから斉藤に向けられる。
「お前は何故この魔王アナゴに抗う? 別世界の存在であるお前が命を賭してまで戦う理由があるとは思えん」
続けて紫へと向かい。
「お前もだ、幻想郷の妖怪。グランドソードがない今なら、幻想郷の境界はそう易々と越えることはできん。なぜ安全な幻想郷へ隠れずに、わざわざ立ちふさがろうというのか」
そして、最後にビリーを指さした。
「そしてお前。お前は異界どころか異次元の住人であろう? この魔王アナゴに立ちふさがる必要がどこにある?」
魔王アナゴには理解が及ばなかった。命を賭して戦うのには相応の理由があろう。だが、立ち塞がる彼らの中に明確な理由を持つものはただ一人。
他の二人は己の世界を守るだけならば自分へ立ち塞がる必要はなく、残り一人はそもそも戦う理由すら無い。それ自体は陰陽師一行にも当てはまることだが、先をゆく彼らには希望があり、それに向かって前進しているのだ。
けれども、自身の目の前に居るのは、わざわざ絶望の死地へと飛び込んできた者達。その理由と覚悟には天地ほどの差があるのではないか。
「はっ……ははははは!」
ひとりの男が笑う。マスクをしているので声でしかそれを確認することができないが、恐らくその表情も笑みを浮かべているのだろう。
「なんだ、今頃恐怖で気でも狂ったか?」
アナゴは延々と笑い続ける斉藤を一瞥する。しかし、逆に斉藤は笑うことをやめてこう一蹴した。
「違うね。俺達に戦う理由がない? 理由ならあるさ。俺達はピコ麻呂たちと『約束』した。理由なんてそれで十分だろ? うまうー」
それに、と。斉藤は言葉を続ける。
「逃げてどうする? 逃げ続けていればお前を倒し、世界を救ってくれるヒーローが現れるのか? そんな奴はどこにも……いや、そんな『奴ら』が居るからこそ、俺達はそいつらに安心して後を任せられるのさ!」
その言葉に紫もビリーも頷く。
「俺が別の場所の住人だからってなんの問題ですか? 俺はここを『歪みねぇな』といえる世界にしたいだけさ」
「そうね、確かに私は幻想郷の住人よ。でも、だからこそ幻想郷の賢者として魔理沙にアリス。それに操られている住人達を助けるのは当然のことですわ」
「魔王アナゴ。僕たちに希望がないと思っているならそれは間違いです。僕らの希望は、確かに仲間が受け取ってくれたんですから」
「そうか……」
アナゴはそう呟くと空間から一振りの刀を取り出し、右手に構えた。その左手には他人の目に見えるほど強大な闘気が集中している。
「先程までの非礼を詫びよう。お前達こそ、この魔王アナゴの前に立ち塞がるに相応しい者たちよ……故に」
彼らは絶望の死地へ飛び込んで来たのではない。彼らもまた託した希望を守るために懸命に足掻く、紛れも無い「英雄」なのである。
魔王、それは希望を打ち砕き、英雄を滅する者が冠する名。
例え、それが与えられた「駒」としての役割に過ぎずとも、命を賭して希望を求める英雄達に、己が全力で立ち向かわずして何が「魔王」か。
己が体内に眠る全ての闘気、生命力をも注ぎ込んだ左手で右手の刀をゆっくりと握る。
「故に、せめて我が最強の一撃で葬ろう!」
「くっ! 『四重結界』」
とっさに紫があらゆるものを防ぐ防御結界を展開する。
「死を以て見届けるがいい! 『ワールドデストロイヤー』!」
魔王アナゴ最強の一撃。それは、もはや攻撃ではなく、破壊。
その衝撃は今まで侵食や崩壊から耐えてきた強固な足場すらも容易に砕き、その残骸すらも粉々にして巻き上げ周囲の空間をも無残に崩壊させる。
紫の張った結界は、そんな絶対的な崩壊の力に一瞬すら持ちこたえることなく、四人もその衝撃に姿を消した。
世界そのものを震わせるような轟音が消え、巻き上がった瓦礫とも呼べぬ粉が雪のようにはらはらと空間へと舞い落ちていく光景をただ一人だけが眺めていた。
「お前達の覚悟と決意は私に切り札を使わせた。だが、それでも私は魔王。陰陽師共に遅れはとらん」
それは最大の賞賛であるように、彼らへの追悼の言葉のように魔王アナゴは誰もいない空間に言葉を発した。
ほんの僅かの間ではあったが、紛れもなく強敵と認めた者たちの姿はもうそこにはない。今降り注いでいる粉のどれかなのか、あるいはそれすらも残らずかき消えてしまったか。
「あの世があるのならそこで見届けるがいい。そして待つがいい。すぐに陰陽師共も送り届けてやろう……がはっ!」
右手の刀で杖のように身体を支えて咳き込む。特徴的な唇の端にはアナゴ自身の真っ赤な血が口から溢れてきた。
「ふっ、冥土の土産にくれてやるには少々上等すぎたかも知れんな」
この先の陰陽師達との戦いを見据えて再び歩みを進めた魔王は、最後に一度だけ振り返るとその場を立ち去った。
――この後、魔王アナゴは 24人の英雄によって倒され、その破壊の根源も彼らによって打倒される。
だが、忘れてはならない。その表舞台では語られない4人の英雄が居ることを……。
この作品は一文改行を行わずに文章を試験的に書いたものです。
ネット上の文章については(特にブログやネット・ケータイ小説)日本語の文章規則ができていないことが多いという指摘は多々見受けられます。
しかし、原稿用紙や書籍であれば、20文字〜40文字で形式的に改行が行われますが、Web上の場合、日本語の文章規則に従うと、数百文字が一行に延々と記述され、スクロールバーをずらす手間があったり、ブラウザの方で意図しない部分で勝手に改行されてしまい、却って文章を理解されにくい状況に陥ってしまうケースも多々あります。
そういった視点で見ると、一文ごとに改行する文章スタイルと言うのは、なかなかにネット環境を把握したうまい文章の書き方だと私は思います。なんて、二次創作のSSのあとがきで書いても仕方のないことですけどね……。