泣き虫野郎

「……たー……ます……」

 身体を揺さぶられている……誰かの声が聞こえる。軽く身をよじると全身に鈍い痛みが走る。

 ――ああ、そうか。俺はまたアイツに、遊戯……いや、ファラオに負けたんだったな。

 魔王によって負の力と強力なカードを手に入れた俺。けれども、魔王を追っかけている連中ともう一人の遊戯の連携によって、自分はまた敗北した。

「スター……加減目を……」

 身体の揺れが激しくなり、遠かった声も段々はっきりと聞き取れるようになってきたが、今そんな事はどうでもいい。
 なぜ、俺が負けたのかを見直して今度こそあいつらを……。

「お願い……だから、いい加減目を開けてくださいマスター!」

「あー、五月蝿いな!」

 鈍い痛みすら忘れて上体を思い切り起こす。そこには涙目で自分を見つめている少女の姿があった。

「マスター! よかった……。目を開けないから私心配で」

「ひょ、俺があの程度でくたばる訳ないだろ。相変わらず泣き虫野郎だな」

「だから私は野郎じゃないですって!」

 泣き顔だった表情をコロッと変えて怒り出す少女。彼女も魔王から受け取ったカードの一枚で、カード名は『リグル・ナイトバグ』
 なぜか彼女だけは勝手に実体化するし、会話もできる。挙句、彼女自身も『スペルカード』というデュエルモンスターズとは別のカードを使うことで沢山の特殊能力を持っていた。

「へぇ、じゃあ泣き虫なのは認めるのかい?」

「うっ」

 今度は途端に困ったような表情に変わる。相変わらずあまりおつむの方はよくないらしい。

「ちぇっ、しかし遊戯にまた負けた……って、これは」

 立ち上がって辺りを見渡す。デュエル中は戦いに夢中になって気付かなかったが、その光景は凄惨だった。
 道路は月の表面のように無数のクレーターが形成されており、後ろの電柱はまっぷたつに切り落とされている。噴水の女神像は、格闘家の闘気による衝撃波で粉々に粉砕され、花壇はほうきを持った少女の放った熱線によって焦土と化していた。

「ははは、よく生きてたな……俺」

「ええ、あなたもリグルも健在で幸いですわ」

 そんな俺の呟きに応えたのは、リグルではなく……。
 いつの間にかリグルの隣に並んで立っていた境界を操る幻想郷の賢者、八雲紫だった。

「御機嫌よう。幻想郷の住人として落とし物を回収しに参りましたわ」

「ちょっと、私は物扱いなの!?」

「あら、生物だって物という字が入りますわ」

 そんなこんなで、彼女は俺に全てを教えてくれた。リグルは幻想郷に住む妖怪であり、遊戯のように魂をカードに封印されていたということ。
 そして、遊戯達が魔王を倒したことによってカードの封印が解かれたこと。最後に……彼女が今から幻想郷へ帰ること。

「今、彼女がここに存在できるのはカオスの影響で幻想と現実が曖昧になっているから。元に戻れば幻想郷の住民である彼女の存在は、幻想として消えてしまいますわ」

「そんな……でも、マスター……私は」

「ヒョヒョ。いいから行きなよ泣き虫野郎」

「だから、私は野郎じゃ……もういい! じゃあね、マスター!」

 空間の裂け目にずんずんと歩いていく彼女の背中を見送りながら俺は最後にこう言葉を掛けた。

「……ああ、じゃあな『リグル』」

 しかし、彼女はこちらを振り返らずに裂け目へと消えていった。

「では、失礼いたしますわ。もうお会いすることはないと思いますけれど、お元気で」

 八雲紫が傘をさしたまま裂け目を通ると、雲の隙間から日光が照りつける。そのまぶしさに僅かに目を閉じた後は、もう何も残っていなかった。いつの間にか破壊し尽くされていた景色も元通りになっていた。
 ふと、ディスクにいれてある自分のデッキを取り出して、カードを一枚づつめくっていく。
 そこに並んでいるのは魔王からカードを受け取る前の自分のカードばかりだった。それが、八雲紫の仕業なのか、魔王が倒されたからカードが消えたのかはわからない。

――36、37、38……。

 いや、もしかしたら魔王と出会ったところからは全部夢だったのかもしれない。だとしたら俺はなんてつまらない夢を見ていたと言うのだろうか。そんな事を考えながら途中からは絵柄も確認せずに漠然とカードの枚数を数えていた。

――39、40、41。

「ひょ?」

 ふとした違和感。俺のデッキは40枚の構成で作っているはずなのに、1枚カードが多い。おそるおそる、最後の一枚に目を通す。

『リグル・ナイトバグ』

 そう名前が印刷されたカード。その効果の欄にはお世辞にも上手とは言えない文字が書いてあった。

「まったく、カードに直接文字を書いたら使えないじゃないか。本当におつむが悪いなあいつは」

 そう悪態をつきながらも、カードをケースへと大切にしまった。そのカードに書かれていた文字は。

――ありがとう『羽蛾』


あとがき

 前々から暴露していることですが、私は俗に言われる甘い恋愛物というのを書くのが非情に苦手です。
この作品も一生懸命ない頭でそれっぽい語句を考え、シチュエーションを考え無理無理に執筆しました。
結果、どうみてもシリアスでノンシュガーです本当ありがとうございました。
追記:「即興」タグをつけた作品でした。作業時間はネタ出しから投稿までで約二時間です。まあ、時間的には遅筆な私としては頑張ったかも知れない。

 2010/11/28
作成者:眠月
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